2022年06月01日

6月1日から、六月特別朱印『雨情』朱印をお分けいたします...(終了致しました)

武田信玄公四五〇回忌にちなむ六月の御朱印朱印は、『雨情うじょう』朱印です。

六月はしっとりとした雨が印象的な月です。そして禅の世界で「雨」といえば、『鏡清雨滴清きょうしょううてきせい』という禅問答が思い浮かびます。


 鏡清、僧に問う、門外もんげ是れ什麼なんの声ぞ。
 僧云く、雨滴声うてきせい
 清云く、衆生顚倒しゅじょうてんどうして、おのれに迷って物をう...
                      (『碧巖録へきがんろく』第46則)

 

唐末から五代十国時代にかけて活躍した鏡清和尚(鏡清道怤きょうしょうどうふ:八六八~九三七)は、或る時、修行僧に向かって問いかけます。
ちょうど、雨が降ってきたのでしょう、その雨音を耳にした修行僧は答えます、「雨だれの音です」。

すると鏡清和尚は言いました「迷っている者は物ばかり追いかけるものだ...」。


しとしとと降り注ぐ雨が屋根を叩く音が聞こえる時、その音を「雨だれの音です」と答えることの、どこに誤りがあるのでしょうか?
わたしたちはふだん、忙しい日常生活に追われて、静かに降り注ぐ雨の音に耳を澄ませるようなことをしません。

しかし、じっと独り静かに雨の音に耳を傾ける時、さまざまな思いが心をよぎります。
静かな雨の音は、わたしたちを内省的にします。そういう時、わたしたちは雨の音を通じて、自分自身の心の中へと耳を澄ませているのです。
人生の喜び、悲しみ、たくさんの出会いと別れ...こころの内へと耳を傾ける時、どのような心の声が聞こえてくるでしょうか? 

静かな雨音は、わたしたちの心の扉を開く静かな誘いの音なのです。

師である鏡清和尚は、雨音を聞きながら、自身の長い年月にわたる修行の暮らしをしみじみと振り返りながら、弟子にも、立ち止まって自分の心の声に耳を澄ませてみよ、と言いたかったのではないでしょうか。


恵林寺にお参りの皆様にも、夢窓国師の庭園を眺めながら、一時の「雨情」をお感じいただきたく存じます。

記念朱印『雨情』は、限定一〇〇枚。六月一日より、お詣りの皆さまにお分けいたします。御希望の方は、受け付けにお声掛けください。

 

恵林寺 山主 謹白

 

 

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